2017年2月19日 (日)

鳥取 五臓圓ビル

鳥取市の町中にも近代建築が残っています。
昭和6年に建築された五臓圓ビルは、鉄筋コンクリート造としては鳥取市内最古のもの

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それほど大きな建物ではありませんが、北東の角のアール部分に玄関(現在は利用されていません。)のある商業ビル

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外壁はスクラッチタイル貼りで

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近づいてみるとこんな感じです。

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現在も店舗として利用されています。

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途中に柱のある急な階段を上り2階へ上がってみました。

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石造りの欄干など

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一つひとつの造りに味があります。

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階段の腰壁の随所に配置された鋳物の透かし彫りが、レトロな雰囲気を醸し出していましたね。

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<参考> とっとり文化財ナビ「五臓圓ビル」

2017年2月14日 (火)

鳥取 わらべ館

一昨年の9月、鳥取城跡近くを散策していると歴史を感じさせてくれる建物がありました。
昭和5年建築の鳥取県立図書館をファサード保存して復元し、童謡・唱歌とおもちゃのミュージアム「わらべ館」として公開されています。

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角にある塔屋上部の装飾、窓とその下部のベランダなども見事です。

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東面は懐かしさを感じるシンプルな造りで

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こちらが玄関になっています。

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昔の学校の校舎のような、ほのぼのとした雰囲気が気に入りました。

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柱の台座部分にあるさりげない装飾、昔の建物は一つひとつに味があっていいですね。

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2017年2月 6日 (月)

兵庫 加西 鶉野飛行場跡

このブログは古い話題が多いので、訪問した時に資料をもらっていても、アップする頃には忘れてしまっているものも多くなってきていますが、今回は昨日行ってきた加西市にある鶉野飛行場跡を忘れないうちに紹介させていただきます。

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昭和18年に姫路海軍航空隊のパイロット養成基地として整備され、近くには川西航空機鶉野工場も建てられ、紫電や紫電改が製造されていたそうです。

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終戦前には、神風(しんぷう)特攻隊「白鷺隊」が編成・出陣したという歴史も有しています。
滑走路は一部道路が横切っていますが、ほぼそのまま残っており、近くには鶉野飛行場資料館や(第1・3日曜日開館)

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平和祈念の碑などがあります。

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周辺の農場には防空壕が数か所残されており

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一部は内部を見ることもできます。(1週間前に要予約)

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田園地帯の真ん中には

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対空機銃座跡が残されていました。

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映画「男たちの大和」の撮影で使用された96式25粍対空機銃の模型が据え付けられており

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当時の姿をうかがい知ることができました。

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昨年、滑走路跡地などが国から加西市に払い下げられ、2019年度までに紫電改の実物大模型などを展示するミュージアムや防災施設などを順次整備する予定と聞き、整備される前に見に行ってきた次第です。

ご興味のある方は、次のHPを参考にしてください。
鶉野飛行場資料館

2017年2月 4日 (土)

今年の梅

今年の梅はどんな風かなと思って、二見の御厨神社に行ってみました。
本殿裏の梅林は5分咲きぐらいだったでしょうか・・・

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紅梅はもう枯れ始めているものがあり

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ピンクのものはそろそろ見頃といったところでした。

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道路側と駐車場の梅は、まだまだこれからで

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白梅はこんな感じでした。
今日も暖かいですから、今年はかなり早く見頃を迎えそうですね。

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2017年1月28日 (土)

鳥取 仁風閣 3

鳥取市にある仁風閣の続き、2階へ上がりました。

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各部屋は、御座所や謁見室など、皇太子の宿舎として利用されていた当時の名称が残されています。

この部屋の名称は忘れてしまいましたが、天井の高い明るく開放的な感じ

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その隣には食堂があり

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マントルピースがある洋風の造りですが、畳が張られている居室なども面白いです。

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窓で囲まれた2階ベランダ

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八角形の尖塔内部、階段室の螺旋階段を上からみたところ、木を加工してこれだけのものを造る向かいの職人さんの技術はすごいものですね。

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階段室の上部

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基本的には洋風ですが、一部和洋折衷となっています。

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全体的にシンプルな造りなんですが、要所要所にはしっかり装飾が施されていました。

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厠なども公開されており、いろいろと楽しめる味わい深い建物でした。

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2017年1月24日 (火)

鳥取 仁風閣 2

鳥取にある仁風閣、玄関上部と庇部分はこんな感じ

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石張りの床を通って中に入ります。

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1階の居室部分には、様々な家具などが置かれているほか

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仁風閣に関する資料などが展示されています。

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1階のテラス部分

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シンプルな造りの白い柱で支えられた2階のベランダが迫り出していました。

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八角形の階段室には柱のない螺旋階段があります。
現在は利用できませんが、明治の職人の素晴らしい仕事ぶりが感じられます。

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柱頭のデザインはシンプルですが、スクロールの飾りが随所に施されていました。

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実際に2階に上がるのはこちらの階段

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なかなか重厚な雰囲気のもので

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手すり子や窓などがいい味をだしていましたね。

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2017年1月21日 (土)

鳥取 仁風閣 1

一昨年夏の鳥取方面の調査、鳥取市内の中心部、鳥取城址にやってきました。

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天守台や石垣、堀だけで、櫓などの建物は残っていませんが、その代わりに美しい洋館が建っています。

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長いアプローチの先にあるのが、白い木造2階建てのフランスルネサンス様式の仁風閣

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明治40年に皇太子(後の大正天皇)が山陰行啓時の宿泊施設としてに建てられたもので、赤坂離宮など知られる片山東熊が設計し、国の重要文化財に指定されています。

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南西側にある八角形の尖塔は階段室

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南東側には大きな庭(宝隆院庭園)が広がっており

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それを眺めるためのベランダが1、2階ともに造られていました。

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屋根の上部には煙突やドーマーが効果的に配置されています。

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北面はこんな感じ

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こちら側にもペディメントが設けられ

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窓には鎧戸、下部にはスクロールの飾りがありました。

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正面に上部にある櫛型のペディメントが洒落ていますね。それでは中に入ってみましょう。

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長くなりますので、続きは次の記事で紹介させていただきます。

2017年1月15日 (日)

鳥取 旧鳥取高等農林学校本館

一昨年の夏になりますが、鳥取に行ったときの建物調査の報告をさせていただきます。
智頭の町並みの後、鳥取市内にある建物を見に行ってきました。
まずは、旧鳥取高等農林学校本館に

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鳥取駅の南東、産業道路沿いの工場跡地の一角にポツンと建っていました。

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木造2階建、横羽目板張り、ルネサンス風の玄関部分のみが残されています。
工場の移転に伴い解体される予定でしたが、保存運動の結果、耐震改修して残されることになったそうです。

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この時は、その工事中だったのか、内部を見ることはできませんでしたが

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広い敷地に建つ孤高の姿に威厳を感じましたね。

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現在では、外壁が白い色に塗り替えられているとのことですので、暖かくなってから再訪したいと思います。

2017年1月14日 (土)

今年の初調査は伊豆

この前の連休、今年初となる建物調査のため伊豆に行ってきました。
昨年に続いての初湯がてらの伊豆詣ででしたが、速報がてら建物や史跡などを少し紹介させていただきます。

まずは伊豆長岡温泉近くにある韮山反射炉に、世界遺産に登録され多くの観光客でにぎわっていました。

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そこから温泉巡りをしながら下田まで、↓日本キリスト教団下田教会の建物は古いものではないようでしたが

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日米和親条約締結の後、ペリーが下田条約の交渉のため訪れた了仙寺までの平滑川沿いの道路はペリーロードと呼ばれ、古い建物が残されています。

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大正初期に建築された↓旧澤村邸などのなまこ壁や伊豆石造の建物がいい味出していました。

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次は西伊豆松崎町にある岩科学校(明治13年建築、国重要文化財)

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三条実美の揮毫によるう扁額と名工入江長八が彫った龍が飾られています。

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内部の見学は有料で、明治時代の小学校の授業が再現されていました。

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途中、生憎の雨に遭い、ゆっくり温泉に浸かれなかったのが残念でしたが、東伊豆には景色のいい露天風呂が多いので、また日を改めて行ってみたいと思います。

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2017年1月 5日 (木)

青森 木造の町並み

一昨年7月に行った青森県木造(きづくり)町、津軽富士とも呼ばれる岩木山の北麓にあります。

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市町村合併によりつがる市になりましたが、その中心部にあるJR五能線の駅は木造の名を残しています。

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有名な遮光器型土偶が発掘された亀ケ岡遺跡があるため、駅舎にはドでかい土偶が鎮座していました。

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その駅前の通りには多くの魅力的な建物があります。

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なかなかいい味出しています。

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鉄筋コンクリート造か石造かと思いましたが・・・

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外壁上部をパラペット状に立ち上げた木造の建物のようです。

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少し進むと大きな木造の建物がありました。

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2階の窓下の装飾がお洒落で、軒先には半鐘がぶら下がっています。

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玄関の一角のタバコ売り場や「ニッポンビール」などのホーローの看板に引き付けられてしまいました。

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さらには、国の登録有形文化財に指定されている旧高谷銀行本店(大正初期建築)

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現在も企業の事務所か倉庫として利用されている現役の建物

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玄関上部や

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2階の窓の装飾などが見事です。

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ドーマーのような塔屋などもよく見ると木製、地名のとおり木造の建物でした。

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この他にも素晴らしい建物がありましたが、木造(きづくり)と木造(もくぞう)が紛らわしいので、これぐらいで止めておきます。

«あけましておめでとうございます

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