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2019年3月 3日 (日)

兵庫 篠山 京口新地

イケフェスの報告がまだ終わっていませんが、阿部定が最後に娼妓として働いていたという、篠山市にある京口新地の大正楼の建物が、近く取り壊されるとの新聞報道を見て行ってきましたので紹介させていただきます。

京口新地(篠山遊郭)は、歩兵第70連隊が置かれた3年後の明治44年(1911年)に設置されました。
篠山市中心部の南東、水路で囲まれた小さな地区になります。

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最盛期には娼妓が110人以上、妓楼も11軒以上はあったようですが、現在では多くの建物が取り壊され空き地となっているところが多く、往時の面影はほとんど残っていません。

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公営住宅として利用されていたのでしょうか、こうした小さな平屋の一戸建てが多く建っていました。

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そんな一角にある大正楼では、阿部定が半年ほど勤めていたそうです。

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角に玄関があり、その脇の壁にはひょうたん形の下地窓が残されていました。

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別方向から見ると、屋根が崩れているのがよくわかります。

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昨年の台風の影響のためか

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裏側は崩れ落ち内部が見える状態になっていました。
倒壊の危険性もあるため、残念ですが行政代執行による取り壊しもやむを得ないのではないでしょうか。

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周辺に残っている妓楼らしき建物はもう一軒、こちらの建物ぐらいしかありません。

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落下防止のためのサイディングが施されていますが、カフェー風の入口には

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飾り窓などがあるほか

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ノスタルジックな雰囲気の飾り柱も残っていました。

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近くにはこんな建物もあり、なかなか楽しめましたね。

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