街並み

2018年10月 8日 (月)

神戸 高架下商店街 おまけ

高架下商店街の付け足しになってしまいますが、web上では工事の計画が、紹介されていません。
どのようになるのか気になるところでありますが、移転交渉が難航していることもあって公表しづらいのではないでしょうか?

ただ、モトコー7番街については掲示がありました。
少し大きめの写真を貼っておきますので、興味のある方はクリックしてご覧ください。

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モトコー7番街の西、神戸駅に向かうところは欧風家具の制作工房があったところですが

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完全に撤去され、橋脚に鉄板が巻かれるなどの補強工事が実施されていました。

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モトコー7番街の北側の一部でも施工されているように、商店街も全てこんな感じになってしまうのでしょうか?

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耐震のほか火災の発生などの問題もあり、列車の通行安全との兼ね合いもあるとは思いますが、中心部に残る神戸の下町の姿を少しでも残してもらいたいものですね、

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2018年9月29日 (土)

神戸 高架下商店街 2

神戸元町の高架下商店街の続きです。
4番街は、モトコーではなく花隈南4商店街の名前を使っています。
「高架下」のイメージが良くないと思い、その名称を使っているのでしょうか?

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新しい店もできており、元気だったころの商店街の面影を感じさせてくれるところもありましたが

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全体的にシャッターの下りている店舗が目立つようになってきました。

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続いてモトコーファイブへ

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こちらは長さが50mほどしかなく、モトコーの中では一番短いところでしょう。

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こちらだけではなく、高架下商店街の南北は道路に面しており、事務所や倉庫として利用されています。

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さらに西側にはモトコータウン6があります。

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この辺りは、私が子供のころによく来ていたところで、パン屋などもあったのですが

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今は営業している店がほとんどなく、取り壊されているところも多くなっています。

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あじさいの街の照明看板に寂しさを感じます。

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線路のカーブに沿った南側には、細い路地が残されています。
この右手は広い道路になっていますが、55年ほど前までは住宅街であり、私はそのあたりに住んでいたんですよね。

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モトコータウン6からモトコー7番街に

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米軍払い下げのミニタリーグッズを売っていたイカリヤ、店は商店街の西側で営業中ですが、ショーケースは閉められていました。

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こちらはほぼシャッター街になっています。

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「通常営業しております」の看板はありますが、安売り店のオバタが移転した後は

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西端の数店が営業しているのみ

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JR西日本は、耐震工事が完了した後に、飲食や物販などの分野ごとに店舗を集約し、一部を直営にする再整備を行うとのことですが、高齢の経営者が多く、現在のような営業を存続できるところが少ないので、雰囲気は大きく変わってしまうんでしょうね。

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戦後の闇市の面影を色濃く残す商店街ですが、消えゆく運命にあるのでしょうか?

2018年9月26日 (水)

神戸 高架下商店街 1

随分と間隔が開いてしまい久しぶりの更新となりますが、よろしくお願いいたします。

さて、身近にあるものが徐々に変化していっても、意外に気付きにくいもの
「茹でガエル」のように、気が付いたときには手遅れになってしまうことも多いのではないでしょうか。

今回は、神戸市の高架下商店街を紹介させていただきます。
高架下商店街は、JR三ノ宮駅の西側からJR神戸駅東側までの高架下にある商店街で、庶民的でユニークな店も多く、私の好きだったところ

ところが、高架橋の老朽化に伴う耐震工事を実施するため、JR元町駅から西側の多くの店舗が立ち退きを迫られている状況となっています。

JR元町駅ホームの下には、大衆居酒屋の金盃などの飲食店やパチンコ屋などが軒を連ねていましたが、最近は空き地が目立つようになりました。

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金物屋の上田や立ち飲みもできるマルゲン酒店などが閉店となりましたが、

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まだ新しい「えびす」や老舗の中華料理店「丸玉食堂」などは、現在も頑張って営業されています。

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JR元町駅の西口にあった書店、ジャパンブックスは

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この8月末に閉店され、新しい道に進まれるとのことです。

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ここから西側にあるのが元町高架通商店街、昔は〇丁目と呼んでいましたが、今は〇番街、さらには商店街そのものも「モトコー」と響きの良い名称で呼ばれています。

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この1番街あたりは、三宮の高架下商店街と同様に若者向けの店が多く賑わっています。

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連続してある2番街の入り口には

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洋菓子のレンセイ製菓があり、昔の姿がそのまま残っていました。

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天井部分はキレイになっていますが、狭い通路が戦後の闇市の雰囲気を感じさせてくれます。

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元高3番街は営業中という表示が必要な状況で

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山側の工事が進められています。

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カラータイマー鳴ってます!

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中には、会社の元事務所のような建物もあり

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とてもユニークな商店街が新しい形になってしまうのは寂しいものですね。

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長くなりますので、2回に分けて紹介させていただきます。

2018年1月13日 (土)

兵庫 和田山の洋館

平成27年9月に兵庫県但馬地方の和田山の町並みを散策してきました。
但馬から播磨や丹波へ向かう交通の要衝の地ということもあり、古い建物も少しではありますが残っています。

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今回は、そんな町中にある洋館を訪ねてきました。
まずは、本町公民館です。

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木造2階建て、下見板張りの小さな建物ですが、いい味出ています。

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そして、その近くにある上垣医院

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昭和5念に建築された木造2階建ての建物は、現在も病院として利用されています。

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上部がベランダになっている玄関ポーチと

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屋根のドーマー窓がモダンな雰囲気を醸し出しています。

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側面の壁や庇などにも装飾が施されており、いい雰囲気

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道路側にある石造りの塀も上部にアールのある凝ったものになっています。

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この日はお休みということで内部を見ることはできませんでしたが、一度覗いてみたいものですね。

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2017年10月22日 (日)

大阪 生駒ビルヂングほか

久しぶりの更新となります。
大阪の建物の続きですが、北浜界隈にも行ってきました。
大阪高麗橋野村ビルディングは昭和2年(1927年)に建築された鉄骨鉄筋コンクリート造り、地上5階建てだったのですが、戦後に6、7階を増築したそうです。

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新井ビルは大正11年(1922年)に銀行として建てられたもの(国登録有形文化財)
現在は事務所や店舗などのテナントビルとして使われていますが、重厚な雰囲気がたまりませんね。

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そして一際目立つのが、こちらの生駒ビルヂング(国登録有形文化財)

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昭和5年(1930年)に竣工、時計塔があることでわかるように生駒時計店の店舗として建てられました。

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スクラッチタイルと窓の装飾が良く目立ち、テナントビルとして現役の建物です。

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アールデコ調の伏見ビルは、大正12年(1923年)にホテルとして建てられたもの

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明治45年(1911年)建築の北浜レトロビルヂング(国登録有形文化財)は、紅茶専門店として現在も利用されています。

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そんな界隈の一画に、江戸時代の蘭学者緒方洪庵が開いた私塾、適塾の建物(国重要文化財)がひっそりと佇んでいました。

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現在では金融商品取引所となっている大阪取引所(旧大阪証券取引所)ビルの前には五代友厚の銅像があり

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大阪取引所の建物の向かいには大正4年(1915年)竣工の難波橋があり、吽形のライオン石像が睨みを効かせていました。(北側には阿形の石像があるそうです。)

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2017年9月10日 (日)

大阪 オペラドメーヌ高麗橋ほか

日本基督教団浪速教会に隣接して建つ赤レンガの建物は、旧大阪教育生命保険(明治45年(1912年)建築)

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赤レンガと御影石の組み合わせから想像できるように、設計は辰野金吾とのこと

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建物の端には煙突らしきものがあり

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それほど華美ではありませんが、所々に装飾が施されており、現在はオペラドメーヌ高麗橋という結婚式場として利用されています。

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そこから少し移動すると、1,2階のファサードだけ旧の建物が保存されたビルがありました。

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グランサンクタス淀屋橋というマンションですが、元は大阪農工銀行(大正7年(1918年)建築)として建てられたものを活用しているそうです。

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2017年8月19日 (土)

大阪 日本基督教団浪速教会

続きまして、日本基督教団浪速教会にも立ち寄りました。

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ヴォーリズの設計指導により昭和5年(1930年)に建てられたプロテスタント系の教会

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大きな尖頭アーチ窓の並ぶ外観が非常に特徴的です。

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それほど大きなものではありませんが、実際に設計・施工した竹中工務店の意向も反映されているのか、角やアーチ窓の間に配された尖塔などにより存在感を高めていましたね。

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2017年8月12日 (土)

大阪 芝川ビル

御堂筋の東側に移動し、芝川ビルを見てきました。

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昭和2年(1927年)に竣工した鉄筋コンクリート造り4階建ての建物は、家政学園として利用された後

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現在はテナントビルとして利用されており

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下部は竜山石、上部は一部スクラッチタイル貼りとなっており、3階軒部はスパニッシュ瓦で葺かれています。

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2階の窓台に当たる場所に施された装飾が少し崩れかけているのが惜しいですね。

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古代マヤ・インカ風の細部装飾を採り入れていますが、基本的にはアールデコ調

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中に入りまして、小さなロビー部や

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竣工時の銘板やその周辺部がマヤ・インカ風の装飾になっていました。

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階段の造りはシンプルなものですが

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親柱や手摺のデザインは凝ったものになっていましたね。

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通用口は歴史を感じさせてくれるもの

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4階部分にはテラスがあり、結婚式やパーティーなどに利用されているようですが、この日は見ることができず、次回の宿題とさせていただきます。

2017年8月 8日 (火)

大阪 今橋ビルヂング

大阪倶楽部の近くにあり、現在はイタリアンレストランとして営業されている今橋ビルヂング

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大正14年(1925年)に旧大阪市中央消防署今橋出張所として建築された、鉄筋コンクリート造り3階建ての建物で、内部も見学することができました。

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1階はもと消防車庫、2階と3階の窓はチューダーアーチ形で枠どられ、2階にバルコニーがあって、小さいながらも美しい造りになっています。

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現役の店舗のため、内部の写真撮影は遠慮しましたが、なかなか素晴らしい建物でしたね。

2017年8月 4日 (金)

大阪 大阪倶楽部

中之島の後は、淀屋橋から西に向かったところにある、大阪倶楽部(国指定重要文化財)を見てきました。

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大正13年(1924年)の建築で、一見レンガ造りのように見えますが、鉄筋コンクリート造り4階建ての南欧風の意匠を基調にした建物

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大阪財界人の社交クラブとして現在も利用されており、

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細部の意匠にはインドやイスラムなどの影響が感じられます。

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アーチの装飾やポールの彫刻などがエスニックな雰囲気ですね。

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玄関上部の窓の周囲のデザインも凝っています。

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西面の造作も素晴らしく

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飽くことがありません。

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こちらの面には、窓台の大きな窓があり、随所に手が込んだ装飾が施されていました。

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建物周辺には石柱跡のようなものもあり、何か意味ありげです。

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今回は外観だけでしたが、内部も時折公開しているとのことですので、機会があればぜひ見てみたいですね。

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